大槻文彦

帯説といふ事あり。支那にてある語に、不用の語を附帯せしめて用ゐることなり。この 帯説に心付かずして、語原を考ふるに、迷いし事あり。 風雨。易経に「潤之以風雨」極めて古き書なれど、風の字は帯説のやうに思はる。 緩急。緩やかなると急なるとなれど、唯、危急なる意にも用ゐらる。 利害の利、早晩の早も、帯説なることあり。 翡翠。翡は鳥の羽の赤きなり。翠は青きなり。水鳥の、やませびを翡翠といひ、また翡鳥といふよりして、唯、緑なる意となり、緑髪を形容して、翡翠の簪などいひ、純緑なる玉を翡翠玉といひ、翡は帯説となる。 國家、自家。家の字を帯説とする場合多し。 睡覚。支那北京鍋の音、睡むること。 虎狼。朝鮮の音、虎のこと。 帯説の語、尚あり。 我が國にても、二字の熟語に、各その意義あるを、一字を無意義に用ゐるやうになりし語あり。又、帯説の姿をなせり。語原を研究するに、心得べきことなり。